夏季多客期は観光路線と増便の季節 その1

本当は7月20日くらいまでに書いておきたかった記事ですが季節は夏休みで観光シーズンですね。ということで今分かる範囲で夏の間に出ていた都市間バスを除く臨時便にどんな路線があったかを振り返ってみましょう。夏季増発は7月20日頃から8月19日頃までという…

停名地名不一致の謎 第4回 雄飛が丘と銀翼の沢

十勝地方の鉄道史はそれなりに数がある一方、バス史は少ないよねということで始めたこのブログですが同じく歴史があるわりにほとんど出てこないのが十勝地方の航空史です。 帯広周辺でバスが走り始めた頃、帯広士幌間で国鉄士幌線の開業に向けた工事も終盤と…

竹腰さんと野村さん

ここまでの記事や十勝バス70年史を読んだ方は既に十勝自動車合資会社は1925年竹腰広蔵氏によって創立され1928年までには竹腰氏から野村文吉氏に経営が移ったことはご存知かと思います。しかし竹腰氏や野村氏は先祖代々明治以前から十勝の住人だったかという…

広尾線の歴代所要時間

かつて片道4時間ほどかかっていたと言われる帯広広尾間のバスですが、比較的辿りやすいこの30年ほどの間でどのように所要時間が変わってきたのか見ていきましょう。 1977年夏ダイヤ時には既にヨーカドー西隣のバスターミナルが使用されており広尾線はターミ…

名も高き歴史の村と光に映ゆるわが大津

広尾の話を書いたら十勝開拓のもう一つの祖、十勝の母なる村とも言うべき大津の話も遅れるわけにはいきません。ということで今回は旧大津村とそれに連なる浦幌町と豊頃町の路線バスの話をします。旧大津村の現大樹町の地域については大樹と忠類の回で書いて…

尾田廻りと忠類廻りの路線バスのこと

更別村と広尾町の間にある大樹町と旧忠類村こと今の幕別町忠類地区。広尾から分村した際には大樹と忠類で大樹村でした。旧大樹村時代最初に定期運行した乗合自動車は1925年の奥田自動車でこれに続く大印、十勝、金線といった事業者も道路としては広尾道路を…

広尾行きのバス会社全7社の記録を辿る

十勝で最も歴史のある町で最南端の港町広尾。十勝地方に鉄道が来るまでは十勝で最初のものが広尾から広まったり最古のものが今も残ったり。内陸の帯広が拓けるまでは広尾と大津が十勝で一二を争うくらい勢いのある町でした。そんな広尾の街に路線バスが走っ…

国鉄バス対十勝バス 4線5線戦争番外編!芽室町での戦い

帯広の西隣芽室町。最近廃止から復活した清水町から帯広への路線バスが話題になりましたがもともとはどういう路線が芽室町内にあったのでしょうか?芽室町史は五十年史、八十年史、百年史とありますが交通の章の路線バスの記述が一番緻密だったのは八十年史…

道東バスの痕跡を探して 第2回 池田町編

池田町の路線バスの始まりはというと池田や利別の市街地より早く今の幕別町新川地区を1927年に通った大津市街〜帯広駅間の名畑仁太郎氏の大印自動車が最初の運行と言えそうです。なぜ幕別町新川が池田町の路線バスの始まりに関係あるのかというと幕別町新川…

十勝のバスと文学

鉄道ならいざ知らず十勝地方の路線バスが出てくる書籍はどれくらいあるのでしょう?世の全ての書籍を知っているわけではないですが知っているものから三冊ご紹介します。 1.『北海道 鉄道跡を紀行する』 zentokachinoriai.hatenablog.jp の回でもチラッと触…

道東バスの痕跡を探して 第1回 池北三町編

十勝管内の市町村史は鉄道に関する記述はかなりのボリュームがある一方、路線バスに関してはかなり濃淡が分かれます。十勝バスと道東バスが競合していたところではなく道東バス単独の路線があった町なら道東バスに関する記述があるのではないだろうか、とい…

停名地名不一致の謎 第3回 十勝農学校と西5条住宅前の関係

帯広市街南部の西5条通沿いに十勝バスの1系統や60系統で通る西5条28丁目というバス停があります。近くの四中前や西5条30丁目、西5条南橋はずっとバス停名が変わっていませんが西5条28丁目だけは数年前まで西5条住宅前というバス停名が長く使われ…

帯広のズレを楽しむ会 第2回

zentokachinoriai.hatenablog.jp の続きです。前回は東部と西部にあるズレでしたので今回は南部にあるズレをご紹介します。 帯広駅バスターミナルから十勝バスの70系統で市内南部の大空団地へと向かう路線バスに乗ると四中前から四中グラウンドと西七条簡易…

帯広のズレを楽しむ会 第1回

集まれ!北海道の学芸員のコラムリレー第24回に帯広市街の話があります。 www.hk-curators.jp この話に出てくるのは今の十勝バス1系統循環線の東4条14丁目バス停のある交差点に交わる営林局通という道路です。かつての十勝バス東営業所のすぐ側で数年前ま…

昔の時刻表から道東バスと国鉄バスを考える

私にとって無い頭を捻るような難しい記事続きでしたので昔の時刻表から思いついたような簡単な記事でも。手元に1982年2月の弘済会発行道内時刻表があります。そこから懐かしの路線をいくつか。十勝バスでは大津、長節湖行き。浦幌〜留真温泉や浦幌から本別ま…

(暫定版)帯広駅前周辺のバス停のことその2 拓殖バス&国鉄バス編(現在調査中)

※注意 前の記事と同じくこの記事は同じバス停でどちらの会社のバス停パールが前か後かなど曖昧なところがあります。バス停の位置に間違いはないはずですが指摘や情報がありましたらお知らせいただけると嬉しいです。 前回に引き続きこの図で拓殖バスと国鉄バ…

(暫定版)帯広駅前周辺のバス停のこと その1十勝バス編(現在調査中)

※注意 この記事は同じバス停でどちらの会社のバス停パールが前か後かなど曖昧なところがあります。バス停の位置に間違いはないはずですが指摘や情報がありましたらお知らせいただけると嬉しいです。 みんな大好きイトーヨーカドー西隣のバスターミナルと違い…

停名地名不一致の謎 第2回 十勝協和

(公開後によく考えたら第1回は西似平だなと思ったのでこちらは第2回目とさせていただきます) 東京駅の本屋でそんなような鉄道&地理ネタの本の表紙を見かけて買ってないけどネタとして面白いかと思い乗っかってみようかと。一回ポッキリかシリーズになるか…

バスターミナル場外の関連乗り場のこと

zentokachinoriai.hatenablog.jp の番外編のようなこと。コメントで白樺通にある屋根付きのバス停は何に使っていたのかという質問をいただきましたのでまとめます。 上図をご覧になって分かる通りターミナル周辺の西3条南9丁目関連のバス停は全部で9箇所…

国鉄バス対十勝バス 4線5線戦争序章!

1970年代も後半になると人口の増えた帯広市内の住宅地は南2線(白樺通)以北では柏林台団地以降西10号団地、西11号団地、西帯広団地、共愛団地で既に住宅が建ち並び始め14号団地の分譲を待つのみとなっていました。そうした飽和状態で新規で住宅を建…

簡単早覚え!十勝バス市内線の旧系統番号

平成も終わろうとしている今日この頃。全く役に立たない記事を書きます。 81.11改正で十勝バスの系統番号は方面別になった話を書きましたが、ではそれまでの系統番号は全くデタラメに付けられていたのかというと路線ができた順でありながら市内線はある程度…

更別経由の路線バス

広尾道路を走った広尾帯広間乗合自動車から現在の十勝バス広尾線に至るまでどのような乗合バス路線が広尾町と帯広市の間にあったか?有名なところだとここでも既に取り上げてますが十勝バスの帯広〜上札内〜大樹・広尾行き、大樹から海岸沿いを目指した国鉄…

帯広市交通センター内バスターミナルのこと

西3条南9丁目の旧イトーヨーカドー帯広店西隣にあったバスターミナルの話を書こうと思ってさて正式名称はなんだったかと考えましたが思い出せず。市中央バスターミナル?市営中央バスターミナル?どちらにせよ札幌のバス会社のターミナルみたいな名前でし…

十勝バス1985年(昭和60年)5月ダイヤ改正のこと その3

その2の続きです。85年5月ダイヤの話は今回で最後。まずは旧循環線が走らなくなった国道方面のその後から。前々回と同じく玄武住宅を定点に見ます。 駅前まで行くには遠回りな市立病院経由循環線東廻りや東4条経由は除いた西5条、3条、2条経由の駅前以…

十勝バス1985年5月ダイヤ改正のこと その2

前回の続きです。十勝バスの1985年5月改正の主な目的は国道38号線の特に柏葉高校〜市立病院の区間を減便して白樺通を走るバスを増便することでした。そのために循環線を国道経由から白樺通経由に経路変更します。そもそも1981年11月改正で再編された循環線は…

十勝バス1985年(昭和60年)5月ダイヤ改正のこと その1

zentokachinoriai.hatenablog.jp 先に書いたこの改正は大掛かりでしたが問題点もありました。それを改善するため1985年にまた大掛かりな改正が行われますがまずはその問題点のことを。 【1】国道38号線偏重 帯広駅から国道(38号線)や玄武住宅(今の西14…

帯広広尾間道路のこと(2)広尾道路

せっかくできた広尾街道でしたが大河川沿いではなかったのが災いしたのか入植者が増えても街道沿いの大樹帯広間には大きな市街地ができることもなくあまり利用者は増えませんでした。帯広から南十勝へ向かった多数の入植者たちは結局札内川に沿って移動しま…

停名地名不一致の謎 第1回 西似平は誤字?

zentokachinoriai.hatenablog.jp のちょっと寄り道こぼれ話を。 十勝バスには2004年3月まで西以平(にしいたいら)というバス停まで行く西以平線という路線がありました。当初は帯広市街地から国道236号を通り川西を経て大正バス停までは広尾線と同じ経路。…

帯広広尾間道路のこと(1)広尾街道

バスが走るには道路がなくてはならない。ということで今回は十勝地方でもいち早く長距離バス路線ができた帯広広尾間の道路について。 (1)広尾街道 下帯広村市街から別奴村トベツ、幸震村幸震、別奴村イタラタラキ、大樹を経て茂寄村(今の広尾町)に至る…

十勝バス1981(昭和56)年11月ダイヤ改正のこと

今回は十勝バスの81年11月改正について書きます。このダイヤ改正は十勝バス史上もっとも白紙改正度が高いと言っても過言ではないほどの改正でした。どれくらい白紙改正度が高かったか要点をあげてみましょう。 【1】東・北営業所を新設の帯広営業所へ統合 【…